叔父の訪問 4

 

 「おお〜、あれがリトルリップシアターか!」
劇場を目の前にして、大神は楽しげに呟いた。
「随分かわった建物だなあ」
「えへへ。すごいでしょ! ぼくも最初びっくりしました」
確かに、僕も始めて見た時は正直驚いた。
なんというか、悪趣味だと思ったのだ。
けれども月日が経つうちに、不思議と愛着を感じるようになったし、今では特に違和感を感じない。
慣れというものは恐ろしい。
「リトルリップ、なのに、あーんなに大きい唇なんて、おかしいですよねえ」
大河の驚きは僕の感じた部分とは、いささが齟齬があるようだった。

 「あ! しんじろー! おっそいぞー!」
僕達がシアターの外で建物の外観について感想を述べ合っていると、中からリカが飛び出してきた。
「みんなまってるぞ!」
「おや、かわいいな。ええと、リカリッタくんだね」
「あはははっ、りかりったくん。だってー! へんな事いう奴だなー!」
「こ、こら、リカ」
大河は慌ててリカの口を塞いだ。
予想通りとはいえ、なかなか面白い。
「兄妹みたいじゃないか、新次郎」
大神はリカの無礼に怒る事もなく、にこやかに彼らを見守っている。
ここで怒り出したら僕の彼に対する評価も大いに変わっていたのだが、まあ合格点だ。

 僕達はせかすリカにひっぱられてシアター内に入り、エレベーターに乗り込んだ。
屋上では大神を歓迎する為の準備がすでに整っているはずだ。
「あのなしんじろー、ごちそう、いっぱいいーっぱいなのにな、まだリカなんも食べてないんだ」
「そっか、おなかすいたね。すぐ食べられるよ」
「ハハハ、またせて悪かったね、ええと、リカ、でいいのかな?」
「リカでいい! こっちはノコ!」
元気良く答えたリカだったが、その手にノコは握られていない。
嫌な予感だ。
「ん? どれがノコ?」
「あ、いっけねー、ノコは屋上だ!」
「じゃあ、ノコはあとで紹介してあげようね、リカ」
大河は未だにその危険性に気が付いていない。
屋上にノコ。そして同じ場所には歓迎用の料理。
散々ヒドイ目にあったというのに、大河はまだわからない。
まあ彼のそこが面白いのだけれど。

 屋上に到着すると、待ち構えていたサニーサイドが手を差し伸べながら大股で歩み寄ってきた。
大神も歩み寄り、がっしりと握手を交わす。
なるほど、当初紐育ではこの光景が見られるはずだったのか。
この二人は確かに対等の立場に見えた。
大河とサニー。大河と大神、だと、どちらにしても子供と大人にしか見えないのだけれど、
サニーと大神であれば、体格や態度に双方共ある程度の風格がある。
まあサニーサイドの場合、半分はハッタリだけれども。
「ヨウコソイラッシャイマセ。ミスター大神」
サニーは日本語でそう言った。
少しばかりおかしいが、歓迎の気持ちは伝わっただろう。

 星組のメンバーも次々に挨拶をしていった。
特にジェミニは緊張した面持ちだ。
大河から、彼は本物のサムライだと教わっていたせいだ。
「こんにちは! ボク、ジェ、ジェ、ジェミニ・サンライズです!」
「ああ、話は聞いているよ、テキサスのサムライだって」
「えええー?! ボ、ボクが?!」
ジェミニは顔を真っ赤にしてその頬を両手で覆った。
「新次郎が手紙でね。素晴らしい剣の腕だそうじゃないか」
「そ、そんな、まだまだであります!」
「今度手合わせしてもらいたいな」
「は、はい! 未熟者ですが、ボクなんかでよかったらいくらでも!」
ジェミニはその場で小さくジャンプした。
あんな風に素直に喜べる彼女が、僕は少しだけ羨ましい。
女性らしく、とてもかわいらしいじゃないか。

 大河は僕の隣で、そんな彼女達の様子を見守っていた。
彼もきっと、本当はあんな風にかわいらしい女性と交際したいのではないかと、時々考える。
くだらない考えだとは思うが、これはいつも僕の中にあるネガティブな部分の一つに過ぎない。
大河を見上げると、彼も僕に視線を寄越した。
そしてそのまま優しく笑う。
僕も笑みを返した。
こんな風に、ずっと、紐育で彼と共に。
ひどく当たり前で、贅沢な日々。
それももしかしたらあと一週間ほどで終わる。

 

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無事だといいけれど。

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