ぼくの調査報告 6

 

 その日の舞台は大盛況に終わった。
昴さんの演技は本当にものすごかった。
好きな人に冷たくする辛さや苦しみが、観ているお客さんみんなに伝わったみたいだった。
セリフや動きのひとつひとつに、感情が篭もってる。
お芝居の事は良くわからないぼくにも、どんなにすごい事なのかちゃんとわかるよ。
大好きな人に手を伸ばす、その指先が、本当に切なかった。
ぼくは客席の一番後ろに立って、舞台に異常がないか見張る役目だったのだけど、ついお芝居の方を見てしまう。
気が付いたらお客さんと一緒になって大泣きしながら拍手してた。

 演技しながら昴さんも泣いてた。
ひどい事を言ったり、冷たい態度を取るたびに、昴さんの表情が悲しそうに歪む。
演技でも、あんな顔をして欲しくない。
すぐに駆け寄って慰めてあげたくなる。

 公演が終わった後もお客さん達はなかなか拍手を止めなかった。
ぼくもいつまでも拍手し続けた。
もう一度幕が開いて舞台の上のみんなが挨拶した時、昴さんはぼくの方を見て笑ってくれた。
他の人にはわからないぐらい、かすかに口が動いてる。
でもぼくにはわかった。
昴さんは、「ありがとう、大河」 って、そう言ったんだ。

 

 公演の後片付けは明日する事になっていたので、お客さんが全員帰ったのを確認してから入り口の大扉に鍵をかける。
「タイガー、私達、先にいってるわね」
「鍵かけよろしくお願いします」
「はい! ぼくもすぐに行きます」
プラムさんと杏里君は僕に最後の戸締りを任せて楽屋に向かった。
これから楽屋で打ち上げのパーティをやる事になってるんだ。

 途中でロッカーに寄って荷物を持っていく。
打ち上げパーティの時にみんなで食べようと思っておにぎりを作ったんだ。
昨日の帰りに昴さんに約束したし。
せっかく朝早起きして作ってきたんだから、忘れずに持って行かないと。
日本だったらめずらしくないおにぎりだけど、紐育ではめったに食べられない。
それにみんなおいしいおいしいって食べてくれるから。
立食形式のパーティでも、おにぎりは食べやすくて好評なんだよ。

 楽屋のドアを開けると、そこはお客さんからのお花が溢れかえっていた。
あれ? でも誰もいない。
どこに行ったのかな。
テーブルの上を見ると、1枚のカードが置いてあった。
「打ち上げは屋上でやる事になりました」
そっか、なるほど。屋上の方が広いもんね。
荷物を抱えて今度はエレベーターで屋上に向かう。

 

 到着した途端、ぼくはびっくりしてひっくりかえりそうになった。
ぱーん! ぱーん! と、ものすごい音がしたからだ。
は、発砲?! とっさにそう思ったけど、音と同時になんだか色んな物が頭の上に振ってきた。
「お誕生日おめでとう!!」
呆然としているぼくに、みんなは一斉にそう言った。
お誕生日!?
あれ?!
頭の上に降って来たのはすっごい量の紙テープだった。

 「しんじろー! 誕生日おめでとー!」
リカがぼくの腕をひっぱってエレベーターから引き擦り出す。
「あの、ぼく、……あれ? 今日何日でしたっけ?? あれえ?」
公演の日だったから、8月20日……。
ぼくの誕生日も8月20日……。
はっ!!
「やだねえ、忘れてたのかい?」
サジータさんはぼくを羽交い絞めにしてあたまをぐりぐりした。いててててて。

 いろんな事がいっぺんにあって、すっかり忘れてた。
自分の誕生日を完璧に忘れちゃうなんて今日が初めてだ。
でも、そのおかげで余計に嬉しい。
みんなにお祝いしてもらって、なんだかまた泣いちゃいそうだった。
「新次郎! ボク、ステーキいっぱい焼いたんだ! オニギリと一緒に食べようよ!」
「うん! ありがとうジェミニ!」

 サニーさんは、大きなグラスを高々と掲げて、
「大河君の誕生日と舞台の成功を祝って、乾杯!」 って言ってくれた。
みんなでグラスを打ち付け合って、またおめでとうって言ってもらっちゃった。
ぼくも言ったよ。舞台の成功、おめでとうございますって。

 昴さんはぼくの隣に立って困った顔をしていた。
「実はまだ君への贈り物を用意していないんだ」
「え?」
「例の……役作りの関係で。今更だけれど、何か希望があったら言ってくれないか」
昴さんは少し申し訳なさそうにそう言った。
「ぼく、何もいりません。その代わり来年もぼくをお祝いしてくれませんか?」
我ながらとっても良いアイデアだと思う。
次の誕生日もお祝いしてくれるって約束してもらえたら、この一年ずっとわくわくして過ごせるもの。
ぼくがそう言うと、昴さんはものすごく優しい顔で笑った。
「来年だけじゃなく、ずっと、君の生まれた日を祝おう。たとえその日にお互いが遠く離れていても、必ずそうすると約束する」
「傍にいなくても……?」
「ああ。誓うよ。誕生日おめでとう大河」

 すごいプレゼントだ。
昴さんが言ってくれた事も嬉しかったけど、昴さん自身もなんだか幸せそうに見えたのが嬉しかった。
ぼくはものすごく昴さんにキスしたかったんだけど、今は我慢だ。
みんながいるからね。

 

 

 パーティのお料理はどれも最高においしかった。
ぼくのおにぎりも大人気だったよ。
それに、すごい事もわかった。
「大河、おにぎりの中身はなんだ?」
あ、やっぱり聞いてる。
「ええと、今日は、シャケとオカカと梅干とタラコです」
「!!!」
うわー、びっくりしてる!
って事は、この中に嫌いなものが……。
シャケとオカカはこの前セーフだったから、梅干かタラコが嫌いなんだね。
「どれに何が入っているかわからないのかい?」
「わかんないです」
目印はつけなかったから。
おにぎりの中身は開けた時のお楽しみだって、母さんから厳しく言われているんだ。

 昴さんはものすごく真剣な顔でおにぎりを選んだ。
手に取って、臭いをかぐ。
「……」
「……」
「海苔と米の香りしかしないな……」
結構わかんないんだよね。
昴さんはいきなりおにぎりにかぶりついたりしなかった。
慎重におにぎりを割って行って、ぴたりと止まる。
ぼくも中身を覗き込む。
「あ、梅干でしたね」
昴さんは真っ赤になってる中身をじーーーっと見てた。
……。
戦闘中みたいにすごく真剣な顔だ。
ぼくはそれを昴さんの手から奪って、代わりにぼくがさっき取ったおにぎりを渡した。
こっちはオカカがごはんの端っこからちょっぴり出てたから、オカカおにぎりだってすぐわかる。

 「……ありがとう大河。梅干だけは、どうしても苦手なんだ」
コソコソっと昴さんはぼくに耳打ちした。
「えへへ、ナイショにしておきますね」
昴さんの秘密がまたひとつわかった。
「それにしても君はおにぎりを作るのが上手だ。塩加減と良い、硬さと良い、絶妙だよ」
「また作ってきます」
「その時は……」
「わかってます。梅干はナシにします」

 

 今回ぼくが調査した結果はすごかったと思う。
沢山の事がわかったから、ぼくは大満足だ。

 

 昴さんは銀行で色んな事業をしている。最近ちょっと減らしてくれた。
ぼくとちょっとでも一緒にいられるように。
だからぼくも、もっともっとがんばらないといけない。
嫌いな食べ物もわかった。
昴さんは梅干がどうしても苦手。
梅干以外ならぼくのおにぎりが大好き。

 それから、昴さんがぼくを避けているかもと思ったのは気のせいじゃなかった。
……でも、それは昴さんが、ぼくを大好きだったから。
ぼくも昴さんが大好きだ。誰よりも大好き。
来年も、再来年も、昴さんは僕の誕生日をお祝いしてくれるって約束してくれた。
ぼくもそうしよう。
今度の昴さんのお誕生日にそう言おう。

 またいつかこっそり昴さんの秘密をしらべてみようと思う。
ひとつの事がわかるたびに、前よりももっと昴さんの事が好きになれるから。
もちろん、昴さんに怒られない程度にね。

 

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いつも萌えをありがとう。

 

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