いつかこの街で 3

 

 舞台稽古が始まったので、大河と昴は客席の隅で彼らの様子を見学していた。
もっとも昴にとってはどこの劇場であろうとも学ぶべき事は特になかったのだが。
すべて知識の範囲内。
大河がそこにいるから一緒にいるだけ。

 「大河少尉、いかがですか? わたくしたちの練習を御覧になって」
気がつくと紫色の着物を着崩した、美しい女性が大河の前に立っていた。
彼女は自信に満ち溢れ、細い面差しをいくらか反らすようにして微笑んでいる。
「おはようございます神崎さん」
大河は少しだけ緊張した面持ちで答えた。
「とっても参考になります」
「まあ、大河少尉は素直です事」
すみれは口元に手を当てて満足そうに笑い、続けて昴に視線を移した。
「そちらは九条様でしたね」
「昴でいい。お父上には日ごろお世話になっている」
「では、昴さんとお呼びしますわ」
すみれは昴と大河を興味津々のようすで眺め回してしまった。

 紐育からやってきた彼らは、二人とも外見こそ子供のように見えるのだが、さくらの話だとその行動はかなり大人びていた。
とても信じられない。
特に大河の方は、叔父である大神よりもなお温和そうな顔をしていて、
ともすれば少女のように見えてくる。
「お二人はとても仲がおよろしいそうですわね」
すみれは彼らの恋愛の話をぜひとも聞きたかった。
ゴシップは大好きな話題の一つなのに、帝都ではなかなかおおっぴらに話せない。
「す、すみれさんまでそんな……」
大河は赤くなって顔を伏せる。
たしかに昴とキスしていたが、あの場所に誰もいないと思っていたからこそだ。
もうすっかりみんな自分達が夜中に何をしていたか知っているのだろうか、だとしたらかなり恥ずかしい。
「まあ、大河少尉、かわいらしい反応ですこと」
すみれは少年のように恥じ入る大河を見て嬉しそうだ。

 「ああー! すみれさんったら、お稽古さぼって何してるんですか!」
舞台からさくらの声が響く。
「紐育の方々と友好を深めているのです」
「わたしだって二人と話したいのに!」
「アイリスだって話したいよ」
いつの間にか花組のメンバーは、ぞろぞろと舞台を降りて大河と昴の周りに集まってきていた。

 昴は馴染み深い昔の友人達が一歩離れた場所で自分達を見守っている事に気がついていた。
まだ帝都に来てからきちんと会話を交わしていなかったが、
それでもお互いが以前知っていたお互いではないとわかっていた。
一目で雰囲気が違うと気がつかずにはいられない。
視線をやって表情を交し合う。

 「ねえねえ、新次郎おにいちゃん」
「え?! お兄ちゃん!?」
「うん。お兄ちゃんは夕べ昴とテラスで何してたの?」
「えええ?!」
金髪の人形のような少女に問われて大河は大いに狼狽した。
「さくらってば、みんなには話したのにアイリスには教えてくれないんだよ」
「みんなに!?」
「きゃー!! アイリスったら!」
さくらは慌ててアイリスの口を塞ぐ。
「でも、確かに興味深い事柄やし、ウチもぜひ聞きたいなあ」
「あたいも聞きたいなあ。さくらの話はうさんくさくて」
「お教えするような事は何もしていません!」
大河は困りきって昴を見た。

 みんなもその視線に釣られて小柄な人物を見やる。
ずっとそこにいたのに、それまで昴は一言も発していなかった。
昴は持っていた扇子をぱちんと音を立てて閉じ、顔をあげる。
にこりともしない。
「確かに僕たちは恋人同士として交際しているが、あなた方にやたらと騒ぎ立てられる謂れはない」
静かに言うと、目を細めてさくらを睨みすえた。
不機嫌さを隠そうとしない冷めた視線。
「個人の事を吹聴して回るのは感心しない」
「ご、ごめんなさい……」
「今日はもうこれで失礼する。いこう大河」
「え?! ぼくも?」
返事をせずにまっすぐに歩み去る昴を大河は慌てて追った。
途中で振り返り、律儀にぺこりとお辞儀をして再び追う。

 

 花組の面々は顔を見合わせた。
つい調子よく話しかけてしまったが、昴はあまり気軽な相手ではなかったようだ。
特にさくらはすっかりしょげてしまっていた。
「あんま気にすんなって!」
カンナは手の平で彼女の背中を勢い良く叩き、彼女がよろける様を見てカラカラと笑った。
「さあみんな! 練習に戻るわよ!」
マリアが手を叩いて全員の注意を促す。

 レニと織姫は視線を交わして苦笑した。
「あとで話をしてみよう……」
「そうデスね。本当に昴は世話が焼けマース」
二人は昴が去っていった方向を眺めやってから舞台へと戻った。
昴が以前とまったく違う人物のように変わってしまったと思っていたが、やはり根本的な部分で、昴は昴のようだった。

 

朝から色々とムッとする昴さん。
TOP 漫画TOP

キスをさくらに見せびらかしたのに。

 

inserted by FC2 system