ぼくの調査報告 5

 

 舞台の上で練習中の昴さんに声をかけるのはものすごく勇気が必要だった。
そもそもなんて声をかけるか、なんて何も考えていなかったし。
本当は一緒に帰りましょうって言いたかったけど、もし断られちゃったら、今度こそぼく立ち直れないよ。
だからどうでもいいおにぎりの事なんか言っちゃって、ますます呆れられちゃうかと思った。
でも昴さんは以前と同じように返事をしてくれた。
嬉しくて飛び上がりたいぐらいだったんだけど、涙が出そうになるのを我慢して、そのままシアターを出たんだ。

 家に帰ってから色々考えた。
昴さんが急にぼくにそっけない態度を取るようになって、
でも、それでもやっぱりやさしくて。
大体、急にどうしてってぼくは思ってたけど、いつからそんな風に昴さんがぼくを避けるようになったのか、本当ははっきりわからない。
もしかしたら、結構前だったかも。
ぼくも昴さんも舞台の準備に忙しかったから、それでなかなか会えないだけだと思ってた。

 それだけじゃなくて、今日の仕事中のサニーさんの思わせぶりの言葉とかもわからない。
「昴は失敗したんだろう」 とか、「すぐ仲直りできる」 とか言ってたけど、ちゃんと意味の通じるように教えて欲しいよ。
そんなこんなで頭の中がごちゃごちゃになって、わけがわからなくなっちゃったから、
ぼくは着替えてセントラルパークで素振りをする事にした。
集中できるし、考えを纏めるのにも丁度良い。

 夜の空気は冷たくて、裸足で歩くと湿った芝生が寒いぐらいだった。
まず姿勢を正して呼吸を整える。
その呼吸が、なかなか落ち着かなかった。
心が乱れているせいだってわかってたけど、どうしようもない。
最初に木刀を振り上げるまで、ものすごく時間がかかった。
どうしてもどうしても、余計な事を考えてしまうから。

 何度も何度も剣を振っていると、少しずつ心が纏まってくる。
昴さんは、ぼくを嫌いになったんじゃない。
何か理由があって、ぼくを遠ざけようとしている。
だって、思い出してみると、ベーグルを買ってきたときも、昴さんはつらそうな顔をしてた。
ぼく、あの時は自分の事でいっぱいいっぱいで気が付いてあげられなかったんだ。

 木刀を力いっぱいに振ると、空気が低い音を出す。
足を踏み込んで、もう一度。

 理由はわからないけれど、昴さんは苦しんでる。
どうして気が付かなかったんだろう。

 いつのまにか、木刀を振り上げようと思っても腕に力が入らなくなってた。
始めた時はまだうっすらと明るかったのに、今はもう真っ暗だ。
ぼく、何時間ぐらいここにいたんだろう。
それに気が付いたら、急に足に力が入らなくなって、ぼくはその場に座り込んでしまった。
座り込んだだけじゃなくて、膝がカクカクになってて、そのまま芝生につっぷしちゃった。
「昴さん……」
何があったんだろう。
「ごめんなさい……」
気が付いてあげられなくて。
ぼくがもっと立派な男だったら、きっとわかってあげられたのに。

 このまま泣いてるようじゃ全然駄目だ。
あっちこっちに力が入らなかったけど、無理やり体を起こして座った。
立つ事は出来なかったけど、横になってるよりはずっといいよ。
少しずつ、呼吸を戻していきながら、涙が零れないように膝と膝の間に顔を埋めて息を止める。

 「大河……」
その時突然頭の上から声が聞こえた。
「昴さん!」
幻かと思った。
ぼくのへたり込んでいる目の前に、昴さんが立ってた。
なんでこんな所に? どうしてぼくの前に?
聞きたかったけど、聞けなかった。
昴さんが泣きそうな顔をしてたから。
そのままぼくをぎゅっと抱きしめてくれる。
「す、昴さん……?」
「許してくれ大河。君は何も悪くないんだ」
そんな、そんなわけないです。
でも……。

 ぼくをぎゅっとしてくれている昴さんの腕が、少しだけ震えているのがわかった。
だから、その震えがちょっとでも収まるように、ぼくもその腕を抱き返したんだ。
昴さん。
すごく温かい。
こんなに小さいのに、きっと、ぼくよりもずっと沢山の悩みを抱えてる。
もっとぼくがしっかりしないといけないんだ。

 

 

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でもがんばった甲斐があった。

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