僕の経過報告 1

 

 大河は僕の様子がおかしいと疑っているようだった。
それはそうだろう。
僕はこの数日間、なるべく彼に関わらないように気をつけてきたのだから。

 僕だってそうしたくてそうしているわけじゃない。
彼と話したい。彼と一緒に歩きたい。
もっと傍に……。
でも今は駄目だ。あと数日間はこのまま耐えないと。

 せめて、彼には寂しい想いをして欲しくなかったから、なるべく僕が彼を避けていると悟られないようにしたかった。
忙しいふりを装って、早朝から練習に入ったりなど工夫をし、顔を合わせないように気をつけていた。
本格的に距離を置き始めた数日前から、それとわかり難いように少しずつ遠ざけて……。
でも2日前あたりから大河もさすがにおかしいと気が付き始めたようだった。
昨日も影から様子を伺っていたら、大河は必死に僕を探している風だったから。

 あんな様子を見ると胸が締め付けられる。
僕だって、君の傍にいたいんだ……。

 

 今日の昼の出来事は決定的だった。
大河が、僕の為に昼食を買ってきてくれた。
みんなの分も買ってきたが、おそらく彼は僕の為に用意してくれたんだ。
僕の好みを考えて、僕が何を選んでも大丈夫なように、自分の分まで僕に合わせた物を……。
昼休みには戻ってきていたから、その前の時間に仕事をつめて、早めに買いに出かけたのだろう。

 どうしてそんなに君は献身的なんだ。
愛しさが込み上げてきて爆発しそうだった。
ありがとうと伝えて、彼の胸に飛び込んでしまいたかった。
みんなの前だって構うものか。
抱きしめて、久しぶりに大河の香りをかぐ。
そんな誘惑に打ち勝つ為に、僕は皆から離れた場所に腕を組んで立っていた。
感情を殺す事がこんなにも難しい事だったなんて、今日まで知らなかった。
大河の嬉しそうな表情を見ないようにしている自分が、心底バカみたいに思える。

 いらないと伝えた時の、彼の顔が忘れられない。
驚きと悲しみが入り混じった顔をしていた。
もっとうまい言葉を選べなかった自分が憎らしい。
胸が詰まって長いセリフを選ぶ事が出来なかったんだ。
いたたまれなくなって僕はその場から逃げた。
背中に彼の言葉が届いたけれど、聞こえないふりをする。
聞こえないふりと言っても無視しただけだ。
聞こえている事は誰の目にも明らかだっただろう。
……彼を傷つけた。
……間違いなく。

 僕は大河が追いかけてきても見つからない場所に閉じこもって、昼休みが終わるのを待った。
彼はあのあとどうしたのだろうか。
そっと舞台に戻ると、すでに先に戻ってきていたみんなから困ったような視線を向けられる。
彼女達は、僕が大河を避けている理由を知っている。
リカに話すとうっかり大河に知れてしまう可能性があるから、彼女だけは知らなかったけれど。
彼女は僕の分のベーグルを食べて満足したのか、満面の笑顔でノコと準備運動をしていた。
大河だけでなく、リカまで騙しているようで心苦しい。

 僕も舞台の端でストレッチをしていると、サジータがひそひそと話しかけてきた。
「……なあ昴、ちょっとぐらいなら新次郎の相手をしてやってもいいんじゃないか?」
「駄目だ。それではなんの意味もない」
その答えを聞くと、サジータは溜息をつきながら視線を落とす。
「ぼうや、昼メシ食べなかったんだよ。あたし達も見ててつらいよ。いつまで続ける気だい」
「わかっているだろう? 今日も含めてまだ2日ある」
2日。
たったそれだけの時間が何ヶ月、何年にも感じる。
それに昼食を食べなかったって?
なんてことだ……。
「せめてぼうやに事情を話してやったら……」
「僕だって出来ればそうしたいが、それじゃ意味がないんだ。君だって知ってるじゃないか」
「そうだけどさ……」
ほんの2日。

 その数日さえ乗り越えられないのならば、僕達は所詮その程度の関係だったと言う事だ。
けれど……。

 大河が傍にいない日々は、想像しているよりもずっとずっと空虚なものだった。
何を食べても美味しくない。
何を見ても楽しくない。
この前までは君が横にいて、一緒に笑ってくれていたから……。

 胸が苦しい。
……すまない大河。
君もきっと、こんな風に苦しんでいるんだろう。
……いや、何も事情を知らないのだから、僕よりももっと辛い想いをしているに違いない。
その日が来たら、必ず君に謝罪する。
理不尽に君を苦しめた償いをするから。

 今僕に必要なのは、まさにこの苦悩だった。
これを得る為に、彼をも傷つけて。
大河は許してくれるだろうか。
こんな事、早く終わりにしたいのに、僕自身がそれを許さない。
あと2日。
その日が来るまで、大河よりも僕が耐えられなくなりそうだった。

 

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もうちょっとしたらわかります。

 

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