ぼくの調査報告 3

 

 今日までにぼくにわかった事。
昴さんのお仕事の事が少しだけ。
何がわかったかと言うと、教えてもらっても良くわからないって事がわかった。
進歩がないようで、これは大変な進歩だとぼくは思う。

 それから、昴さんがぼくの為にお仕事を減らしているかもしれないと言う事も。
大丈夫なのかな、そんな事しちゃって……。
さっきサニーさんに聞いた時は、びっくりして、嬉しくて、つい感動しちゃったけど、喜んでいる場合じゃないのかもしれない。
昴さんがどんな仕事をしているのか良くわからないけれど、
それはきっと、ぼくなんかが想像もつかないような沢山のお金をあっちにやたりこっちにやったりする仕事なんだ。
昴さんはそれを、少しずつ人に売ってしまっているんだって。

 そう言われて見ると、最近はデートできる日も前より増えた気がする。
前は、良くて週に一回。それも何時間かしか昴さんにはあいてる時間がなかった。
でもこの頃は、丸々一日一緒に居る事もできる。
それはきっと、サニーさんが言うように、昴さんが仕事を減らした結果、だったんだ。
今までそんな事、考えた事もなかったから、前より一緒にいられてうれしいな、としか思ってなかったけど……。
昴さんが何も仕事をしていなくても、ちゃんと暮らしていけるぐらい、ぼくが稼げるようにならないと。
海軍から支給されている士官手当は全部実家に送ってるし、隊長手当ては貯金してる。
残りで生活している状態だけど、これじゃ昴さんをちゃんと養って行けないなあ……。

 はっ!
養うだなんて、そんな。
まだまだ先のことだよ。
ああっ!
まだまだ先とか言って、養う前提で考えちゃった。
今はともかくいろんな事をがんばろうと思う。
とりあえず、ベーグルベーグル。

 お昼休みの前にサニーさんとの仕事を片付けて、ぼくはみんなの分のベーグルを買った。
昴さんの分だけじゃみんなに悪いからね。
ダイアナさんは野菜だけのベーグル。
サジータさんもダイエット中だからこれにしたんだけど、もしかしたらがっかりするかもしれないな。
ジェミニは照り焼きチキンのやつ。紐育でも照り焼きは人気があるんだ。
リカにはお肉がいっぱい挟まったの。
他のに比べてちょっとだけ高いけど、リカは沢山食べるから。
そして昴さんにはお肉もお野菜も程よく挟まったバランスのいいベーグルだよ。
お店で一番人気があるやつ。
昴さんは、いつもこれか、そうじゃないときはスモークサーモンか生ハムの奴を食べる。
昴さんがどれを欲しがるかわかんないから、ぼくの分は生ハムの奴にした。
もしも昴さんが、生ハムの方がいいって言ったら交換できるしね。

 

 ぼくがシアターに戻ると、ちょうどみんな練習を終えてぞろぞろと舞台から出てきたところだった。
「あ! しんじろー! 何買ってきたんだ?!」
リカはめざとくぼくがもってた紙袋に気が付いた。
「ベーグルだよ。リカにはお肉の奴、買ってきたからね。皆さんもお疲れ様でした。屋上でお昼にしましょう」
「やったー! おっにく! おっにく!」
「あたしには何を買ってきたんだい?」
喜ぶみんなを見るとぼくも嬉しい。
昴さんは少し離れたところでぼく達の様子をじっと見てた。

 「昴さん! 昴さんにはいつもの色々挟まってる奴にしましたよ!」
「僕はいい」
あ、あれ?
「えっと、生ハムのでも大丈夫ですけど……?」
「いらない。僕の分はリカにあげてくれ」
「あっ……」
昴さんはそれだけ言うと、くるっと後を向いて廊下を歩いていく。
「あのっ……今食べないなら冷蔵庫に……」
ぼくは慌てて、去っていく昴さんに声をかけたけど、昴さんはそのまま立ち止まらずに行ってしまった。
絶対聞こえたはずなのに……。

 昴さん……。
ぼくは追いかけていいのかわからなくてその場に立ってた。
だって、あの背中は、ほっといてくれって言ってるみたいで。
「さあさあ、せっかく大河さんが買ってきてくださったのですから、皆さんでお昼を頂きましょう」
沈黙の重い空気を感じたのか、ダイアナさんが優しく言ってくれた。
でもどうしよう……。ぼく……。
昴さん……。

 「リカ、よかったらぼくのも食べて。生ハムの奴だから」
「うんわかった! リカ、いっぱい食べる!」
ぼくは紙袋をリカに渡して歩き出した。
昴さんとは逆の方に。
だって、昴さんがぼくと一緒にいたくないなら、そっとしておいてあげたい。
でも、今更みんなと昴さんの為に買ってきたベーグルを食べる気持ちにもなれなかったから。
きっと我慢できなくて泣いちゃうよ。
そんな姿をみんなに見られたくない。
泣いてるところを見られたくないって考えている今、もう涙が顎まで伝ってきた。
なんでぼくってすぐ涙が出るんだろう。
他の人と涙が出るしくみが違うのかもしれない。

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになってしまいそうだった。
昴さんがぼくを避けていると思ったのはやっぱり気のせいなんかじゃない。
どうしてだろう。いつからだろう。
なんで気が付かなかったんだろう。
ぼくはどうしていいか全然わからなくなってしまって、廊下の突き当たりにあった部屋に入った。
そこは今はもう使っていない古い衣装部屋で、沢山の荷物が溢れかえっていた。
ぼくはその部屋で、立ったまま呆然としていたんだ。

 

 

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次回は昴さん視点で。

 

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