いつかこの街で 2

 

 「ああー……新次郎……。今日呼んだのはだなあ、えーと……。」
「はい! なんでしょう一郎叔父!」
司令室で、大神はコホンと咳払いをしてから片目でチラリと甥っ子を見た。

 子供のように幼い容姿をした甥っ子は、期待に輝く瞳で大神を見つめていた。
いつの頃からか甥は、大神に対して尊敬の念を隠さないようになっていたが、
キラキラと憧れを乗せた視線で見つめられ続けるというのも辛い物がある。
大神は姉の息子である彼をほんの赤ん坊の頃から知っていたし、年の近い甥っ子を弟のように可愛がってもいた。
その子が成長して士官学校を期待以上の成績で卒業し、
半ば強引に送り出した紐育でも上手くやっているようなのだが……。

 「九条君と新次郎はその……」
「昴さん、ですよ」
大河は思わず訂正する。
昴は自分の事を名前で呼んでもらいたがるから。
「ええと、その昴君と新次郎とは……。その、恋人として交際しているのかい?」
「は?!」

 思ってもいなかった事を聞かれて大河の声が裏返る。
朝から叔父に呼び出されたので、勉強しに来たショウについてとか、
それとも軍事的な話をするのだと思っていたからだ。
「いや、さくら君が君たちが夜中に会っていたのを見たと言っていたのでね」
「ああ、はい。時差のせいで眠れなくって、起きて見回りをしていたらたまたま昴さんに会ったんです」
「たまたま……」
大神は甥っ子の幼い表情を見て苦笑してしまう。
ともすると大河も昴も子供にしか見えないのに、やっている事はここの誰よりも進んでいる。

 「紐育はどうだか知らないが、ここは帝都だ。あまりおおっぴらに恋愛関係を見せびらかすのは感心しないな」
「見せびらかす?!」
大河は思わず大声を出してしまった。
自分の声に驚いて急いで声量を落とす。
「そ、そんな、ぼくそんなつもりじゃありません……」
「まあそうだろうなあ」
さくらはいささか物事を大げさにとらえる癖がある。
けれども彼女が言うには、テラスで二人が長く口付けを交して抱き合っていたという話だった。
さくらはその時の光景を話しているだけで興奮し、大神の机を叩き壊さんばかりの勢いで殴っていた。

 隊員と恋愛する事に関して大神はあまり偉そうな事がいえない。
大神自身、身に覚えがありすぎる。
次になんと言って甥っ子を叱るべきかと大神が悩んでいると、司令室の扉がコンコンと澄んだ音を立てた。
単なるノックの音だったが、濁りのない楽器のようだった。
何度もこの部屋でノックを聞いたがこんな音を鳴らす人間誰もいない。
「失礼します」
音に続いて入って来たのは話題になっている人物のもう片方。
九条昴であった。

 「お話し中申し訳ない。大河少尉、そろそろ時間ですよ」
昴は大河の事を階級をつけて呼んだ。
司令室だったし、中尉である大神の前でもあったから。
「ああ、昴君、丁度いい。君にも話をしておこうと思っていたんだ」
大神はもう一度事情を説明し、あからさまな交流を控えるように改めて伝えた。
横に立っている大河はすっかり消沈している。

 「それは命令ですか?」
黙って話を聞いていた昴は、話が終わると見るやいなや、大神に鋭い視線を送る。
「い、いや、命令と言うか、……お願いだな」
思わずたじろいだ大神に、昴は扇で口元を隠しながらひそかに笑った。
「それならば従わずとも問題はないはずだ。そもそも隊員間での恋愛は禁止されていない。自由にさせて頂く」
「しかし困惑する隊員もいるから」
「困惑する?」
昴は一歩前に出る。
「僕から直接説明しよう。困惑するという隊員は誰? まあ大方の予想は付いているけれど」
大神は目を見張った。
大変な威圧感だったからだ。
実力派揃いの花組のメンバーを部下にもつ大神がたじろぐほどに。
昴は先ほどよりも一歩前に立っているだけなのに、圧倒的な力は人外という他ない。

 「昴さん!」
その時、大河の厳しい声が室内に響いた。
少年のように高い声。
大神はつい姉を思い出してしまった。
顔もそうだが、新次郎は声も姉に似ている。
「帝劇には帝劇のやり方があるんですから、無理を言ってはいけません」
「しかし……」
「昴さんが直接花組の人と話をして喧嘩にでもなったらどうするんです」
「喧嘩なんかしない」
しないといいつつ、昴はそっぽを向いた。
「絶対ですか?」
「……言い聞かせるだけだ」
「だめです」
大河はきっぱりと言うと叔父に向き直る。

 「気をつけます。帝劇内の風紀を乱して申し訳ありませんでした」
ピシリと足をそろえて、大河は深く腰を折った。
「いや……。とにかく、せめて帝劇の中では勘弁してくれ」
「はい」
大河は未練なく返事をすると、再び礼をして部屋を去った。
昴は目を細めてもう一度大神を見やり、大河に付いて部屋を出る。

 「ふー……」
二人が退出すると大神は盛大に息を吐いて椅子に凭れかかった。
九条昴が大変扱い難い相手だと聞き及んではいたが、これほどまでとは思っていなかった。
「やれやれ、新次郎がいて助かったな」
本当は昴と甥とを個別に呼び出して注意するつもりだったのだが、
もしもそうなっていたらおそらく昴に押し切られてもっと面倒な事態になっていただろう。
あんな恐ろしげな人物に普通に接し、あまつさえ交際している甥っ子が大人物のように思えてくる。
大神は額に浮かんだ汗を拭い立ち上がった。
彼らの後を追い、ショウの様子を確認しなければならなかったから。

 

おっかない昴さん。
身内じゃない人に容赦ない。

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大河は全然大丈夫。

 

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