いつかこの街で 1

 

 大河はベットの上でモゾモゾと身じろぎをした。
なんだか普段と寝心地が違う気がする。
寝返りを打ち、ぼんやりと目を開けるといつもと違う天井が目に入った。

 一瞬だけびっくりしたが、すぐに思い出す。
「そうか……。ぼく、帝都にいるんだっけ……」
大河は上半身を起こして大きなあくびをした。
「昴さんはちゃんと寝ているかなあ……」
時差の関係で睡眠が浅く、へんな時間に目が覚めてしまう。
時計を見るとまだ深夜の3時だった。

 

 大河はサニーサイドに連れられて帝都へ舞台の勉強に来ていた。
昴も半ば強引についてきたが、大河にはそれがとても嬉しかった。
恋人と一ヶ月間も離れ離れになってしまう事が寂しかったが、思いがけず一緒に行ける事になったから。
司令と隊長、その上有能な隊員までもが一緒に長く星組を離れてしまう事を、ラチェットは快く思わなかったようだが、
それでも厳しいスケジュールを調整し、なんとか帝都行きを実現させてくれた。
3人で無事に出発できたのは、ラチェットと、彼女を手伝った昴のおかげだった。
その間大河とサニーはただおろおろしていただけだ。

 

 大河は裸の上半身の上に薄手の着物を羽織り立ち上がる。
叔父はたしか夜中に帝劇の見回りなどをしていると言っていたから、もしかしたら会えるかもしれない。
全然眠くなかった大河は、懐中電灯を持って部屋を出た。

 帝劇の中はシアターよりも複雑で、来たばかりの大河はうっかりすると迷いそうになってしまう。
シアターとは違い、みんながここで寝泊りしているのだと思うと、あまり堂々と歩き回る事もできない。
昴は以前大神が使用していた部屋で眠っていたが、大河は司令室の一角に簡易式のベットを用意してもらってそこで寝ていた。
サニーサイドだけはホテルに泊まっている。

 大河はのんびりと見回りを続けたが、大神がやってくる気配はなかった。
代わりに月光に照らされた小さな人影を認めて思わず声が出る。
「昴さん!」
「こら、静かに」
叱ったものの、昴も嬉しそうだった。
かすかに微笑んで恋人を見上げる。

 「眠れないのかい?」
「はい。目が覚めちゃって。昴さんもですか?」
「寝ようと思えば僕はどこででも寝られるさ」
しれっと言う昴はきちんと着替えており、寝巻きではなくいつものスーツ姿だった。
「そんな事より大河、随分と色っぽい格好をしているじゃないか」
昴は大河が着ている和服の隙間から手を当てる。
「ひゃっ」
冷たい手の平の感触に、大河は目を瞑った。
「場所が変わったぐらいで眠れないなんて、訓練が足りない証拠だね」
「だって紐育とじゃ時差がありすぎますよ」
言い訳っぽくぶちぶちと呟いて、大河は恋人を抱きしめる。

 「星を見ていたんですか?」
くっつきあったまま、大河は巨大な窓から見える星空を見上げた。
晴天だったせいで、またたく星々がきらめいているのが室内からでも鮮明に観察できる。
「ああ。久しぶりに日本の星座を見たよ」
「そっか、日本と紐育じゃ見える星が違うんでしたっけね」
外を覗きながら言うと、昴は静かに目を細める。
「僕の星はいつでも僕の目の前にある。紐育にいても、日本にいても、変わらない」
「え?」

 大河が聞き返す間も無く、昴は大河の頭を引き寄せて唇を奪った。
初めは驚いた大河も、恋人の求めに応じて腰を引き寄せる。
強く抱いて唇を押し付け、口を開いて湿った舌を受け入れた。

 日本に来てからずっと忙しくて、こんな風になかなか愛し合うことが出来なかった。
お互いに欲求不満でイライラしてもいたが、ようやく満足行くキスを味わう事が出来たせいで、
二人は互いの頭を抱えて長く口内をむさぼりあった。

 「!」
不意に昴が顔を離す。
「どうしたんですか?」
大河は首をかしげ、一点を鋭く睨む昴の視線を追った。

 「あ、あの……」
視線の先から、申し訳なさそうな女性が顔を覗かせた。
「さくらさん?」
暗くてよく見えなかったが、それは大河も良く知る女性だった。
「見回りをしてたらお二人が、その、あの、ええと……」
「ぼく眠れなくって。ごめんなさい不審がらせてしまって」
「あ、あの、そう言うことじゃなくってですね」
さくらは近くまで歩いてきたが、もじもじと顔を伏せている。

 大河は首をかしげた。
「ぼくも一緒に見回りしましょうか?」
「いいえ!! とんでもない! 大河少尉はお客様なんですから、休んでいらして下さい!」
さくらは目の前で両手をぶんぶんとふり、ついでに首も勢い良くふりまわした。
「僕たちがまだここにいてもかまわないかい?」
「も、もちろんです!」
昴が聞くと、今度は縦に首を振る。

 「じゃあ、お言葉に甘えて僕と大河はもう少しここにいさせてもらおう」
そう言いながら、手を伸ばしてもう一度大河の腰を抱く。
「でも昴さん、そろそろ寝ないと、明日も早いんですよ」
「ふむ……。確かにそうだけれど……つまらないな」
ほんの少し唇を尖らせ、昴は大河の頬を指先で撫でた。
そこに自分達しか存在していないかのような振る舞い。
「きゃっ!」
とたんにさくらが小さく悲鳴を上げた。
「大丈夫ですか? さくらさん」
昴に抱きつかれたまま、大河はさくらの顔を覗き込んだ。
「暗くてよく見えないけど顔が赤いみたいですよ。やっぱりぼくが見回りを……」
「平気です平気です!」

 

 さくらは真っ赤になって手を振った。
この子供のような顔をした少年は、どうも大神とは大分様子が違っている。
「そうですか……」
大河は不思議そうな表情をしたが、その顔は日本人のさくらから見ても、本当に学生のように幼い。
それなのに、こんな場所で堂々と……。
今見たばかりの光景を思い出すと、さくらの頬はますます熱くなってくる。

 「じゃあ昴さん、ぼくがお部屋まで送りますから戻りましょう。さくらさんおやすみなさい」
「お、おやすみなさい!」
「おやすみ。ふふ、騒がせてすまなかったね」
昴は目を細めて慌てふためくさくらを見た。
もちろん、昴には彼女が動揺した理由がわかっている。
自覚のない大河と、新鮮な反応をするさくらが面白かったので、わざと見せ付けるようにいちゃついて見せたのだ。

 「今度はちゃんと寝られそうかい?」
「はい。昴さんに会えて安心できました。おやすみなさい」
「おやすみ、大河」
部屋の前で大河と別れ、昴は自室の椅子に腰掛けた。
本当はまったく眠れなかった。
大河にはどこででも寝られると言ったし、実際今まではそうだったが、帝都に来てからどうにも落ち着かない。
今日はこのまま朝まで過ごすつもりだった。

 

おととしに3人で帝都に来た時のお話です。
でも全然クリスマスとかじゃないです。

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初デートと似ている。

 

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